言葉が通じない馬に自分の『こころ』が通じる魅力…それが乗馬だ!


ウエスタン ライディングクラブ
ラングラーランチ(小淵沢)
http://www5a.biglobe.ne.jp/~Wrangler/

会員 野瀬邦昭

ある日、1通のメールが入る。

「乗馬はいいよ! 乗馬は! こんな楽しいことないよ……みんなに伝えましょうよ!」

差出人は、山梨ビジターズ・ネットの会員の野瀬さんだ。野瀬さんは、週末になるとほとんど毎週、神奈川の家から小淵沢に愛犬と共にやって来て、ライディングクラブ『ラングラーランチ』で馬に乗る。

会員はクラブのスタッフに準じる?
「実は、わたし、犬と一緒にこのクラブの前をよく散歩していたんです。乗馬は、なにか次元の世界で恐い感じもしてたんですね。かっこいいな、でも、馬に乗る人なんかは特別な人じゃないかって思ってました」(野瀬)


初心者でも最初から一人で乗馬。

野瀬さん(左)と渡辺さん

こんな標識見たことない?
 新しいことにチャレンジするとき、人はいつでも最初の一歩を踏み出すときに戸惑いを感じる。野瀬さんも同じだった。そこで、野瀬さんは自分の娘さんをだしにすることにした。

「娘がやりたいからしょうがないなぁという顔をして、あこがれの乗馬クラブの門をたたいたんです。内心どきどきでした」(野瀬)

 でも、その時は本当に娘さんの世話になったのだ。半ズボンでは馬に乗ることはできなかったため、娘さんのジャージを借りて初めての乗馬に挑んだ。以来、数回のビギナーコースの乗馬を経て、野瀬さんは自然とクラブ会員になっていった。今年50歳になる野瀬さん、3年前の話だ。

「はまりましたね。最初は、俺って乗馬の才能があるんじゃないかって思ったんですが、しばらくして自分一人で乗ってみようと思ったら、これがまた難しい。さっきまでの俺の才能は何処へ行ったんだってくらい、思うように馬が動いてくれない。それが、少しずつ自分の意志が伝わるようになると、これはもうたまらない……」(野瀬)

 こんな調子で、最初はカウボーイハットにさえ何となく違和感を感じていた野瀬さんが、ハットを揃え、ウエスタンシャツ・ジーンズを揃え、乗馬ブーツを揃えるまでに、そう時間はかからなかった。

「今では、この格好で近くのリゾートホテルのレストランにも入れます。それにしても小淵沢って町はいいですね。馬の町と言ってるだけあって、何処を歩いてもじろじろ見られるようなことがない。道路を馬で横断しても、車の方が注意してくれる」(野瀬)

 それは、町の人にとって馬は観光という点でメリットがあるからだけではなく、町の人たちが普段から馬の生活を間近に見ているからだろう。厩舎の掃除やブラッシング、調教、健康管理など表には出ない馬の世話がとても大変だと言うことを知っているからこそ、違和感なくカウボーイハットを受け入れているのではないだろうか。そして、ラングラーランチでは、カウボーイハットをかぶりかっこよく馬に乗ることだけが、クラブの会員の特権ではない。馬の世話やゲストへの指導のお手伝いも会員の役目となっている。

「このクラブの会員規約を見るとびっくりするんですが、『会員はスタッフに準じる』と書いてあるんです。やっぱり、乗馬のテクニックだけではなく馬の世話を通して馬と会話することで乗馬もうまくなるんですね」(野瀬)

小淵沢町の乗馬クラブの草分け
 野瀬さんが会員になっている乗馬クラブ「ラングラーランチ」は、八ヶ岳の乗馬クラブの草分け的存在だ。現オーナーの田中光法さんは、約30年前、父親に連れられて東京から小淵沢に移り住むことになってしまった?

オーナーの田中さん

手作りの面影が残るクラブハウス

野瀬さんがたたいたクラブの門

誰がオーナーなのか分からない?

「親父は東京で商売をしていたんですが、ある日突然いなくなったんです。それも1ヶ月も音沙汰梨なしでした。それが、ある日突然、『山梨の小淵沢に住むことにしたからこっちに来い』という手紙が来ました」(田中)

 実は、田中さんのお父さんは、この間、小淵沢のユーカリ牧場に住み込みこんで馬の世話をしていたというのだ。そこで、馬の魅力にとりつかれ八ヶ岳に移り住むことを決意したのだった。

「3年間、ユーカリ牧場さんにお世話になりました。その後、この現在地に独立して牧場をかまえました。自分たちの遊びの延長で、クラブハウスも手作りで建てたのです」(田中)

 約2,500坪(8,250u)の牧場には、2つの馬場と厩舎・スタッフの宿泊施設・クラブハウスなどがある。

「最初は、自分たちだけの楽しみだったんですけど、25年くらい前から少しずつお客さんが来始めて、『乗せてくれませんか』というものですから、こんなところでも乗馬クラブができるのかなと思って今のクラブのスタイルになっていったんです」(田中)

 田中さんは、この『自分たちが楽しむために牧場を始めた』という原点を、今でも大切に考えている。

「25年前がうそのように、今ではいろいろな方々に訪れてもらっています。小さなお子さんからお年寄りまで、あるいはサラリーマンの方や会社経営者や芸能人の方なども来ています。でも、馬にふれて楽しむという点では、みんなが平等なんです。ですから、うちでは芸能人であろうと誰であろうと同じゲストとしてお迎えしています」(田中)

 乗馬の楽しさを多くの人に知ってもらいたい。だから、『馬を見ながらお弁当だけ食べさせてください』という人にも、田中さんは『どうぞどうぞ』と言って牧場を提供していると言う。お客さんと自然や馬との交流、あるいは田中さんやスタッフ・会員との交流が、このクラブでは非常にオープンに行われている。

「ウエスタン乗馬は、ゴルフをやるのと金銭的にはそんなに変わらないですね。ビジターでも十分楽しめますし、必要でしたら乗用車を買うくらいの値段で馬も所有できます。維持費もうちのシステムだと通常の半分の年間約50万円で済みます」(田中)

 今では、小淵沢に11軒ある乗馬クラブの約半数は、ラングラーランチの会員出身だそうだ。田中さんがユーカリ牧場で知った馬の魅力、乗馬の楽しみ。そして、今度は田中さんのこのような姿勢に心を動かされた会員が、現在の馬の町小淵沢を担っていると言ってもいいかもしれない。

乗馬の魅力
「うまい人をみると、どうやって馬に自分の意志を伝えているのか分からないんです。それが100鞍くらい乗ると何となく分かってくるんです」(野瀬)
※1鞍=45分の乗馬が標準


車のF1クラスに調教された馬

でも…その目は優しい。
 野瀬さんは、このように乗馬の奥の深さを説明してくれた。元々バイクに乗っていた野瀬さんだが、人間だけの技術ではない乗馬の魅力にとりつかれてしまって以来、すぱっとバイクをやめてしまった。

「馬を前に進ませようとするとき、一番最初は『両足でおなかを蹴りなさい』と教えられますね。次のステップに入ると『足を下から上にこすりなさい』と教えられます。ほんとうに上級者になると『ふくらはぎに力を入れる』だけで、馬がこの人は前に進みたがっていると理解して動くんです」(野瀬)

 つまり、乗馬とは馬に乗る人の技術と馬の技術(調教のレベル)のマッチングを楽しむスポーツともいえる。乗り手のふくらはぎが動いた瞬間、馬はダッシュし始める。手綱を持つ左小指がピクリと動いた瞬間、馬は左に曲がる。つまり、馬のレベルに合わせて的確な指示が出せるかどうかも乗り手の技量の一つになってくる。

「習い初めの頃は、女性の方がうまくなるんです。男性は力任せで強引すぎるんです。でも、力でいったら馬にはかないません。言葉が通じない馬にどうしたら自分の意志が伝わるかがポイントなんです」(野瀬)

 また、田中さんのところでは、登校拒否や自閉症の若者を預かる経験も多い。馬の世話…言葉が通じない馬との対話が、そんな多くの人の心を開かせてきたという。馬の世話は、重労働だ。だが、任された以上自分が世話をしないとどうにもならないということに気づく。そして、乗馬を通して馬への心の伝え方を勉強する。

「そんな子たちに対して、私はあえて何も言いません。馬の世話をしてもらっているだけなんです。でも、馬には弱いものを守ろうという遺伝子が組み込まれているのです。小さな子供が馬の鼻の中に指を突っ込んでもじっとしています。大人でしたらもう大変です。そんな優しい馬の目が、子供たちの心を開いてくれるのだと思います。」(田中)

 『それが馬の魅力』…田中さんは、こう言い切った。
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