甲州がシャルドネより高い評価を受けたことは、本当に驚きました」


ニューマーケティング協会と質疑応答する三澤社長

中央葡萄酒(株) 代表取締役 三澤茂計

日本一のものづくりに人が集まる

 1999年5月20日、東京からニューマーケティング協会のメンバー約30人が勝沼にある中央葡萄酒を訪れる。

 ニューマーケティング協会は、第一製薬、日清食品、電通、資生堂など約50の企業が参加する純然たる民間グループ。代表は、(株)マーケティングジャパン代表取締役の古藤田さんだ。
 現在マーケティングの世界は、どうやって市場を見つけるかというマスマーケティングから「パーソナルマーケティング」「ワントゥーワンマーケティング」など、お客さまとの関係性を築くための「リレーションシップマーケティング」へとシフトしてきている。顧客獲得から顧客維持、関係性の深化がビジネス利益をもたらすという考えだ。

 中央葡萄酒においても、ワイナリーに訪れてくれたお客さまに会員として登録していただき、音楽会や新酒祭りなどの紹介をしている。その後3年間、ワインの購入やイベントへ参加されたリピーターにさらに情報を送っている。今後は、Eメール会員を充実して、更にきめ細かい情報発信やお客さまの声の受信をしていきたいとのこと。
 これも、お客さまとの関係性を深めていくプログラムとして、リレーションシップマーケティングの重要なメニューである。

 古藤田さんは、早くからこのことに強い関心を持ち、1986年8月、ニューマーケティング協会を発足し、実践的マーケティングの研修とヒューマン・ネットワークづくりのための異業種交流会を主催している。

 今回の訪問は、協会のフォーラムの一環として開催されたもの。名付けて成功ビジネス訪問。今までに、東京ディズニーランド、サイボクハム(ハムコンテスト世界一)、新横浜ラーメン館などを訪れている。

 

訪問の理由

 協会がなぜ、中央葡萄酒を成功ビジネスとして選んだのか?

 それは、単にワインブームでワイナリーに元気があるからではないようだ。今回のプランを立てた協会の浅沼さんによると、「昨年、国際的なワインコンクールで中央葡萄酒のワインが日本一になったからなんです。どうしてそういう製品が生まれてきたかが、私たちの興味の中心なんです」と言う。

 そのコンクールは、インターナショナル・ワイン・チャレンジ。イギリスの雑誌『WINE』の創刊者として知られるワインジャーナリストのロバート・ジョセフ氏によって1984年に創設された世界で最大かつ最も影響力のあるワイン大会だ。
 そのコンクールで『1997甲州樽貯蔵・辛口』が、日本ワイン白部門最優秀賞および国際部門銀賞を受賞したのだ。

 
ワインジャーナリスト、ヒュー・ジョンソン氏からトロフィーを受ける。

「甲州がシャルドネより高い評価を受けたことは、本当に驚きました。日本固有のワインづくりに光が見えてきました」

 三澤さんは、こううち明けてくれた。シャルドネは、垣根栽培で勝沼の農家と一緒になって作っているワイン専用品種だ。ワイン専門家やレストランでフランスワインと遜色ないとの評判で、毎年すぐに売り切れてしまうワインだ。それを上回る評価が甲州ワインにされたことに、三澤さんは戸惑いながらも大変喜んでいた。

「1997年の甲州のバランスがとっても良かったからなんですね。シャルドネに比べて甲州は年ごとの品質のぶれが大きいんで、いいワインを造るのは、実は大変なんです」

 しかし、ぶどうが良かったからといって、どこのワイナリーの甲州でもこのような評価が得られているわけではない。
 中央葡萄酒の甲州の評価が高いのは、シャルドネなどワイン専用品種にチャレンジすることで得たノウハウ…ぶどうジュースをどこまでフレッシュにするか、澱との接触時間、樽の使い方、フィルターの通し方など…が甲州にもフィードバックされているからに違いない。そんな新しいチャレンジが、既に1990年から始まっていたのだ。

 世界レベルに合わせたワイン造りが、シャルドネではできる。世界標準があるから自分のところのワインと比べられる。それが、甲州ワインではできなかった。自分たちが今まで造っていたワインこそが、甲州ワインだと思ってしまっていたからだ。同じワイン造りでも、そこが決定的に違う。
 つまり、世界レベルのワイン造りにチャレンジすることによってのみ、世界レベルの甲州ワインが造れたと言ってもいい。


中央葡萄酒正面イメージ

 そんなワイン専用品種にチャレンジすることで、気がついてみたら中の下と言われていた甲州種のワインが世界に通用するかもしれない。そんな光が見えてきたというのだ。
 ある試飲会で、フランスワインと甲州樽貯蔵数点のブラインドテイスティングが行われた。どれがフランスワインか。これが課題だった。試飲者は、日本のレストランやワイン業界のそうそうたるメンバー。
 結果、正解者12名。中央葡萄酒などの甲州をフランスワインと間違えたのが10名。以前の甲州だったら間違いなく全員正解だったはずだ。次々と、「これは、実は甲州なんです」とのコメントに、試飲者一同から驚きの声が漏れる。
 中でも、大手ワイナリーの造る甲州ワインと中央葡萄酒、勝沼醸造、丸藤葡萄酒という小さなワイナリーが造るワインの品質が逆転していること。これがさらなる驚きでもあった。

 

何が感動を与えるか…ワイナリーのホスピタリティ

 いいものさえ造れば人が集まり、満足してもらえる。それは基本ではあるが、三澤さんはそう単純に考えてはいない。来た人に感動を与えられるようなワイナリーでなければ、2度3度は来てくれない。

「ぶどうづくりからワインまで、トータルに、かつお客さまの要求に合わせて見せていくこと、味わっていただくことが必要だ」

 こう、三澤さんは考えている。そこで今回、ニューマーケティング協会の訪問に次のビジター・プログラムを準備した。

 ぶどう畑の視察(時間の関係で今回はできなかった)

 ワイン蔵の視察&貯蔵樽からの直接試飲

 ワイン&会社の説明

 各種ワインの試飲

 ワインの販売(ワイナリーでしか売っていないワインの提供)

「中でも、ぶどう畑を見ていただくことが都会の人には感動につながる。以前、都内のホテルのマネージャーが来たときに、畑で農家の方と話す機会を持ったんです。農家の方の自然に接する姿に、マネージャーは涙を流さんばかり感動をしたんです」


ワイン専用ぶどうを垣根式で栽培

 また、自分のワインを言葉で表現する力を、ワイナリーとしてもっと付けていかなければいけないとも感じているという。お客さまに説明するのに、ワイン醸造の言葉だけでは足りない。「どちらかというとソムリエに近い、分かりやすい表現で語る必要がある」と三澤さんは言う。

 ワインやワイナリーを分かりやすく見せてあげる。表現してあげる。それは、ある意味ではワイン教育と言ってもいいかもしれない。そんな教育のプログラムや人材がワイナリーにあること。それが、ワイナリーのホスピタリティといえよう。

 

ものづくりの背景

『三澤さんの取り組みは分かったけど、国内メーカーは、ほとんど外国のぶどうを使ってワインを造っているんじゃないの。それも表示なしで。甘口赤ワインに多い国内産ワインっていうのがそうなんでしょ。漫画の「ソムリエ」に詳しく書いてあったわ』

 協会メンバーと三澤さんの意見交換の時、こんな話が協会のあるメンバーから出た。三澤さんがメンバーにしたブリーフィングのテーマは「地域と連動するワイン造り」だったが、話は思わぬ方向に進む。

「確かに、原産地や原料について日本ほどあいまいな国は、世界中でありません。我々も、業界自主基準を設けて取り組んでいますが、罰則規定がありませんから、輸入バルクワイン(※1)を使用していても表示をしないモラルの低いワイナリーがあり、業界全体としても迷惑しています。また、最近の赤ワインブームが、『いけいけどんどん』でワイン造りの現場感覚をなくす方向に作用しているのが心配です。こんなことでは、今我々に最も必要なワイン造りのノウハウが蓄積されていきません」

※1 輸入バルクワイン:海外から桶(バルク)で輸入したワイン。ワイナリーがこれをブレンドして瓶詰めした際には、業界の自主基準で、表示が義務づけられている。

『何も外国のぶどうやワインを使わないでと言っているんではないんです。それなりの表示をしてもらいたいってことなんです。それに、外国産のぶどうジュースを日本で醸造したら国内産ワインなんて、常識で言ってもおかしいんじゃない』

「そうなんですけど、全ての輸入品は、鉄が車にというように品目が変わったところが原産地なんです。ですから、ジュースがワインに変わったところが日本なんで、原産国が日本であり、また自主基準で国内産ワインという表示になっているんです。農産物と工業製品を一緒にしているんで、私もおかしいと思いますが…」

『それにしても、だんだんワインのことが分かってくると、そんな日本のワインは評判を落とすのではないでしょうか。地域と連動するワイン造りをしているところも、輸入バルクワインをごまかして日本の産地表示をしているところも、そして、ぶどうジュースの延長でワインを売ってるところも』

「それは感じます。うちにもたくさんのお客さまが来ていただいておりますが、特に若い女性を中心にワインの知識が豊富で味についても厳しいんですね。これから5年あるいは10年経ったときに、そのようなお客さまがワイン市場の中心になる。そのときに、世界のワインと比較して受け入れられる国産ワインが造れるのか。そんな危機感を、私たちはもっと持つべきではないでしょうか」

 日本一のワインに人が集まる。そして、ものづくりの背景を上手に見せることが、お客さまと一緒になったワイン文化づくりの第一歩となる。しかし、ものづくりの背景を見せていくことが重要になる一方で、ぶどうの原産地の問題がなおざりにされてきたつけが見え始めている。
 今ようやく、山梨のワイン酒造組合、日本ワイナリー協会を始めとする全国のワイン業界でも、原産地表示問題に取り組んでいこうと検討を始めたところ。
 避けて通れない問題を抱えたまま、ワインファンがワイナリーになだれ込んでいる。そんな印象が残った一日であった。

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