「富士山の北麓は米作りの適地かもしれない」


富士みずほ米生産倶楽部
土屋義行会長とメンバー


 グルメブームの火付け役ともいえる人気漫画『美味しんぼ』(小学館)に、7週連続のシリーズで、山梨県の郷土料理が紹介された。
原作者の雁屋哲さんは、1週間の取材の間、「山梨県人には、武田信玄のDNAが残っていてやたらと精力的で、他県に比べ進取の気性がある」との感想を、私に話してくれた。そして、漫画のクライマックス、料理対決の主菜では、その進取の気性のあかしとして、雁屋さんは『富士北麓の米』を取り上げた。

 富士山の麓ではうまい米が穫れるはずがない。高冷地での米作りの、こんな常識に立ち向かう進取の気性を、今回、レポートした。

全国食味分析コンクール2年連続金賞!

鈴木会長から賞状を受ける小俣さん
「作り手の情熱は米に伝わる!」

土屋会長あいさつ
「消費者が生産者を支える
相互交流のシステムを…」

祝賀会会場

契約田に立つ入口さんと後藤さん

「イリグチ」の全国の契約栽培田
平成13年11月、奈良県で行われた米食味鑑定士協会(鈴木会長・鑑定士約500名)主催の全国食味分析コンクール。その最終審査の席に、富士みずほ米生産倶楽部の武藤傳太郎さんと、小俣忠雄さんはいた。

「信じられない気持ちでした。回りは、新潟、秋田、宮城などの全国を代表する米どころの人たちばかり。皆さん、自信満々で、圧倒されました」

 武藤さんは、その時のことを、こんな風に振り返った。そんななか、武藤さんの作ったミルキークイーンが、同部門日本一の金賞。さらには、小俣さんの作ったコシヒカリが、全体の中で新潟県上越の鳴海さんに次いで、第2位の審査員特別賞を受賞した。第3位は、北魚沼の佐藤さんだ。

「どうして高冷地の富士山麓で作った米が、魚沼のコシヒカリを抜いて第2位なのか…、本当に、皆さんおどろいていました」

 しかも、武藤さんたちは、今年はじめて賞を取ったわけではない。昨年のコンクールでも、ミルキークイーン部門で小俣さんの米が金賞、武藤さんの作った米が審査員特別賞を取っている。他のメンバーの米も、食味計では全く遜色のないデータが確認されている。いよいよ、富士山の北麓は、米産地として認められ……。

「さっそく、新潟県の上越や宮城県の農協が、視察に来ました。信じられないでしょ? 米どころの方々が、この富士吉田にですよ」

 また、奈良県大和郡山市の米穀販売店「イリグチ」からは、契約栽培の申し出が…。

「入口さんご自身、米食味鑑定士なんです。全国の米どころの農家を直接訪ねて、自分の目で確認し、舌で確かめ、契約栽培をしているんです。その米は、店頭で玄米を購入量だけ磨いて売っています。しかも、それぞれの農家別に顔写真まで付け、作った場所を紹介しています」

 入口さんは、けっして安くしろとは言わない。農家が、安定した経営が出来るよう、適正価格で購入している。農家とともに米作りを支えている仲間だと、入口さんのことを、武藤さんは尊敬する。

「魚沼も、スタートは小さなグループの活動でした。私たちも、この結果におごることなく、チャレンジを重ね、富士北麓を日本一の米どころにしていきたい…」

 このコンクールで、2年連続金賞を取った米産地はないという。全国の米マップに突然現れた…、富士みずほ米生産倶楽部。そのチャレンジとは、いったいどのようなものだったのか?

新形質米研究会への参加
 平成11年3月、土屋義行さん(撚糸業・富士吉田市)は、テレビでミルキークイーンという米の存在を知る。新形質米・ミルキークイーン。農林水産省が開発をしてきた、いわゆるうまい米だ。自分でも米作りをしている土屋さんは、「これからの富士山麓での米作りはこれだ」と直感する。

右から会長の土屋さん、副会長の
滝口さん、事務局の小山田さん

「早速、農林水産省農業研究センターに電話し、種もみが欲しい旨伝えました。でも、研究センターでは、種もみを扱っていないとのことで、埼玉の彩の国チチブグンヨコゼマチ籾種生産組合(秩父郡横瀬町)を紹介されました」

 しかし、魚沼のコシヒカリ並との評判を得ているミルキークイーンの種は、そうは簡単に手に入らない。何度か断られたが、熱心に食い下がる土屋さんに、生産組合の浅見組合長は、ついに根負けした。「今年はダメだけど、来年だったらなんとか6キロくらいは分けられる」という約束を、土屋さんは取り付けたのだった。

「6キロというと2反歩(20アール)くらいの田の種もみの量です。それでも、新形質米という世界とつながりができたことは大きかったですね」

 10月、土屋さんのもとに、筑波で開催される「新形質米研究会」の案内が届く。そこで、今後の地域での展開をにらみ、土屋さんは、富士吉田で農機具販売業を営む武藤さんを誘って、参加することにした。


副会長の武藤さん
「土屋さんから話を聞いたときには、そんなに美味しい米が、こんな高地で作れるのか疑問でした。でも、研究会での議論の中で、いわゆる、うまい米と言われる低アミロース米のアミロースの定着には、昼暖かくて、夜涼しい地域が望ましいとの話を聞いて、これはいけるかもしれないと思うようになりました」

 実際、農林332号ミルキークイーンのミルキーは、米が白濁するところからつけられた名前。暖かいところでは、この白濁が、著しく多くなってしまうという。夜涼しい富士山麓では、白濁が少なくなり、ミルキークイーンの適地ではないかととのコメントが、研究会で専門家からよせられたという。

産地ブランド確立への取り組み
 どうしたらこの宝物のような米作りを、地域に定着させられるだろうか?新形質米研究会に参加した2人は、今後の展開について思案を重ねていた。

「僕たちだけでは、もったいないという思いがありました。そこで、富士山の麓で、米作りに熱心な人に、、とりあえず話を聞いてもらおうということで、新形質米研究会の田鍋会長と、ヨコゼマチ籾種生産組合の浅見会長に、富士吉田に来ていただき説明会を開催しました」

 平成12年2月、農協の3階で開催された説明会は、有料にも関わらず、60人を越える人たちの参加があった。講師の熱心な話に、参加した人たちは、自分のところでも作ってみたいという気持ちを持ち始め、最後には、今年どうしても種が欲しいということになったという。

「その場にいた浅見会長も、精一杯の協力を約束してくれ、ミルキークイーン3町歩(ヘクタール)と、スノーパール4反分の種もみを、提供していただきました」

 ただ、60人全てに行きわたるだけの量ではない。とりあえず第1次として、富士みずほ米生産倶楽部は、3月13日、会員18人でスタートした。


田植えの様子

田んぼの背景は富士山!

稲の生育状況を確認する土屋さん

茎で米の開花時期が予測できる

田んぼに豊年エビも見られた

鑑賞米の生産も始めている

消費者に近づく田んぼ
 全国の新形質米研究会メンバーは、日本の米作りの最先端を走っている農家の方々。そんな人たちとの交流は、土屋さん、武藤さんたちの農業に対する意識を変えた。


田んぼを画用紙にしてしまおう!
富士と金鳥井

デザインした山中湖小の生徒
田植えもしました!

収穫祭。おにぎりに餅つき!
「消費者が望んでいるのは、美味しいだけではなく、安全で健康にいい米。それを、全国のメンバーと話をする中で、改めて認識させられました。ですから、健康に関連した情報をまとめ、富士みずほ米生産倶楽部の情報誌として発行しているんです」

 そして、何よりも説明会へ参加した60人を中心とした田んぼで、減農薬有機肥料使用の取り組みが始まったこと。これは、消費者の視点を意識したものと言える。その面積は、40ヘクタールになるというから、実に富士吉田の栽培面積300ヘクタールの1割を超す。その有機肥料は、武藤さんが熊本県まで行き、直接確認した安全な鶏糞を使用しているという。

「安全で美味しい米を、生産者の顔が見えるかたちで消費者に届けたい。そんな気持ちで、インターネットによる販売も行っています。そして、ぜひ皆さんに田んぼまでお出でいただき、ご自身のお食べになっている米がどんな状態で作られているか、知っていただきたいと思っています」
「富士山の麓で米作りをしているということは、今まで不利だと思っていましたが、この点に関しては、他の米産地よりはるかに有利だと考えています」

 新形質米という宝物と富士山という宝物。これを組み合わせることで、消費者と富士みずほ米生産倶楽部の田んぼの距離を縮める。ここに、ビジターをファンに変えるビジターズ・インダストリーの形を見ることができる。

「田植え、稲刈り、田んぼのデザイン、収穫祭。さまざまな機会を上手に使い、多くのお客さまに、米づくりの仲間になってもらいたい。そう考えています」

 黒米ビールなどの地域特産品を開発するグループ、富士恵(めぐみ)会も、武藤さんを中心に結成された。田んぼでの楽しみの他、特産品により、富士山に来る人の楽しみが増えていく。自分たちが楽しみながらだから、継続できる。当分、富士北麓の米づくりから目が離せそうにない。


大和葡萄酒生産・虎屋リカー販売
の黒米ビール

焼津「鮨正」がにぎる
ミルキークイーンのお寿司

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